前もってその名前

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前もってその名前

驚かなかった。五五〇八号列車は前日に僅か三十五分遅れただけですでに到着していたが、わたし宛ての荷物は載せていなかったのだ。しかし輸送会社が調査をすると約束してくれたので、その日は夜エイクリー宛てに手紙を出し、あらましの事情を知らせるだけにとどめた。
 まことに見あげたことだが、その翌日の午後、輸送会社のボストン支店から、当方の問い合わせを受けるやいなや、打てば響くように、さっそく電話で報告が届けられてきた。それによると、どうやら、五五〇八号列車の係員が、ひょっとするとわたしの荷物の紛失に大いに関係があるかもしれないできごとを想いだしたらしい――というのは、この列車が標準時間の一時ちょっとすぎに、ニュー・ハンプシャーのキーヌ駅で発車を待っていたとき、妙な声をした痩せぎすの、薄茶色の髪の毛をしたいかにも田舎《いなか》者らしい顔つきの男と、少しばかりことばをとりかわしたのだそうだ。
 その男は、箱に入いった荷物が一つ、自分宛てに届くはずなのに、その列車にも載っていなければまた、輸送会社の帳簿にも登録されていない、といってひどく興奮していたそうだ。自分のほうからスタンレー・アダムズだと名乗ったが、変に太くてひどくもの憂げな声なので、それに耳を澄ましていると、係員も異常なほどに目まいを感じ、ついうとうとした。とりかわしたことばがどんなぐあいに終わったのかさっぱり憶えがなかったが、列車が動き始めたとたんに、はっと正気にたち返ったのだそうだ。ボストン支店の事務員がつけ加えていうには、その列車の係員が正直で信頼できる青年だという点については疑問の余地がなく、素性《すじょう》もよくわかっているうえに、入社してからの経歴も長いのだそうである。
 その晩わたしはボストンへ行ってその事務員とじかに会った。と住所とを事務所から聞いておいたのだ。この男は気どったところのない、感じのdermes 價錢いい奴だったが、昼間話してくれた報告以上に、つけ加えるべきものをこの男が何一つ持ち合わせていないのがわたしにはわかった。おかしなことだが、この男は、妙なことを係員にたずねた例の男にもう一度会ったらわかるかどうか、あまり自信がない、といった。それ以上、その男から聞きだすこともないとわかったので、わたしはアーカムへ帰り、朝まで徹夜してエイクリー宛てと、輸送会社宛てと、キーヌの警察署と駅長宛てに手紙を書いた。列車の係員に対してまことに奇妙な能力をふるった例の聞き慣れない声の男は、この不吉な事件の立役者《たてやくしゃ》にちがいないと感じたので、キーヌ駅の係員と電報局の記録とが、その男の様子と、その男が例の問い合わせをいつどこでどんなぐあいにやったかということについて、何か教えてくれればいいのだが、とわたしはそれを当てにした。
 しかし、結局わたしの調査は、何もかもむだに終わったと認めざるをえない。妙な声を出す男は、七月十八日の午すぎ頃キーヌ駅のあたりでその姿を見られたことはまちがいないし、そのへんをぶらついていたもののなかにひとり、その男のことをいうと、なにか箱に入いった大きな荷物のことをぼんやり連想したものがいたらしい。しかし、その男はまったく見知らぬ人間で、その姿を見かけたのは、あとにもさきにもそのときだけであった。いままでにわかったところでは、その男は電報局へきた形跡もなければ、また、どんな知ら化粧課程せもいっさい受けとってはいなかった、いや、そもそも例の黒い石が五五〇八号列車に載っていることを予告するような知らせが、局からだれかのところへ届けられたという形跡もまったくなかった。当然、エイクリーはわたしに協力してそういう調査をしてくれたし、わざわざキーヌまで独りで出かけて行って駅のあたりにいた人々に、いろいろとものを尋ねてもくれた。しかし、この件に関する彼の態度は、わたしのそれよりも宿命的であった。彼はその荷物の紛失した一件を、当然起こるべきも
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